当麻
あらすじ
熊野に参詣していた僧(ワキ・ワキツレ)の一行が、京都への帰り道に奈良の当麻寺へ立ち寄ります。寺の由来を知りたいと思った僧は、教えてくれる者はいないかと人を待っていると、そこへ阿弥陀仏のありがたさを称える年老いた尼(前シテ)と若い女(ツレ)が現れます。尼たちは僧に訊ねられるまま、この寺のことや、蓮の糸で織りあげた「当麻曼荼羅」について聞かせます。「昔、中将姫という尊い女性がいて、この当麻寺のある二上山に籠り一心不乱に経を読んでいました。ある夜、姫の信心に応えた阿弥陀如来が老いた尼の姿で現れ、姫のために蓮の糸で曼荼羅を織りました。それが今に伝わる当麻曼荼羅なのです」そう語ると、尼は「その時姫に曼荼羅を与えた尼は私なのです」と明かし、紫雲に乗って二上山に上り姿を消したのでした。
僧の前に当麻寺門前の住む男(アイ)が現れ、当麻寺や中将姫の話を語ります。
その夜、僧たちの夢の中に中将姫(後シテ)が現れます。姫は生前、阿弥陀如来を篤く信仰した功徳で、死後は悟りを得て仏の仲間入りを果たすことができました。今は仏の身で、阿弥陀如来の教えのありがたさを説きます。姫が僧に舞を見せると、阿弥陀如来の光があたりを明るく照らします。僧たちは夢見心地で舞を眺めましたが、やがて夜が明け、夢から覚めたのでした。
見どころ
この能の主人公の中将姫は、伝説上の人物です。姫は奈良時代の右大臣藤原豊成(横佩の右大臣)の娘だったといわれています。姫の母が早くに亡くなったため、父は新しい妻をめとりますが、その妻は継子いじめの末、姫を家から追放してしまいます。幸い姫は優しい人にかくまわれ、父と再会し無事家に戻ることができます。幼いころから信仰心が篤かった姫は、当麻寺で曼荼羅を織りあげると、若くして亡くなり、仏の世界に迎えられます。この伝説の前半、父と再会するまでを描いた能に〈雲雀山〉があり、後半の曼荼羅のエピソードに取材したのが〈当麻〉になります。
〈当麻〉に登場する当麻曼荼羅とは、経典に書かれた仏の世界・浄土を、視覚的にわかりやすく図式化したもので、実物は蓮糸で織られたものではないようですが、国宝に指定され、今でも信仰の対象として当麻寺で大切にされています。
〈当麻〉の後シテ中将姫は、経巻(『称讃浄土経』という伝来のお経が書かれた巻物)を持って登場します。信仰心によって菩薩になったことを象徴的に表現するものです。姫はそれを掲げ、僧に授けた後「早舞」を舞うことで、阿弥陀如来のありがたい教えが人々を苦しみから救うことを祈ります。
中将姫の清らかな舞を通して、優しく美しい祈りの世界を感じてください。