住吉詣
あらすじ
須磨の侘しい生活から一転、都で権勢を取り戻した光源氏(ツレ)は、住吉大社にかけた願掛けを果たすために参詣することになりました。神主の菊園の何某(ワキ)は社人(アイ)に境内の掃除と出迎える準備を命じます。
一行が住吉大社に到着します。それは、光源氏の乳母子である惟光(ツレ)・随身(子方)・従者(立衆)・童随身(子方)といった大勢かつ華やかなもので、光源氏の栄華を物語るものでした。惟光が神主に祝詞を依頼し、神主は幣を振り立てながら祝詞をあげます。
童随身が舞を舞い、一行が酒宴を催していると、須磨で源氏と契りを交わした明石上(シテ)が侍女(ツレ)とともに舟で訪れます。明石上は、やつれた姿を恥じらって源氏に会おうとせず、入江の蔭に舟を留めたたずんでいます。その様子を見た源氏が声をかけ、二人は再会します。盃を交わし、明石上が舞を舞います。酒宴が終わると、二人は名残を惜しみながら別れるのでした。
見どころ
〈住吉詣〉は『源氏物語』澪標巻を題材とした作品です。
舞台の住吉大社は大阪府の神社。祭神である住吉明神は歌神や海上安全の神などとして信仰されました。明石上の父、明石の入道は住吉明神への信仰が篤く、「己の血筋から国母が誕生する」の霊夢を信じていたからこそ、娘を源氏と娶せます。そして、霊夢の通り、二人の間に産まれた女子は中宮となって男子を産むのです。
前半の見どころは光源氏一行が住吉へ参詣する様子です。車の作り物に源氏が乗り、約十人という能では大人数の役者が登場することで、源氏の栄華が表現されます。さらに橋掛りに舟の作り物が出されて明石上の一行が乗ると、一層舞台が華やかになります。
『源氏物語』では光源氏一行を見た明石上が身分違いを痛感し、源氏と和歌のやり取りをしただけなのに対し、能では二人が再会し、酒宴で明石上が舞を舞ったところに特徴があります。この設定の変更は住吉明神の霊験を活かすねらいや、室町期の『源氏物語』の梗概書にある二人が住吉で再会したという解釈を土台にした可能性が指摘されています。なお、光源氏と明石上が相舞(複数人がともに舞う)をする演出もあります。
舞の後、明石上が謡う「身をつくし恋ふるしるしにここまでも廻り逢ひける縁は深しな」と「数ならでなにはのこともかひなきになに身をつくし思ひそめけん」は、澪標巻の歌を引用しています。『源氏物語』では前者が源氏、後者が明石上の和歌の贈答であったのが、能では明石上がほぼひとりで謡うことで彼女の一途な恋情が浮かび上がり、再会の喜びが強調されます。