能楽堂 京都観世会館

項羽(こうう)

あらすじ

 舞台は唐土・烏江(うごう)の野辺。いつものように仕事を終えた草刈りの男たち(ワキ・ワキツレ)は帰宅することにします。男は船頭の老人(前シテ)に声を掛け、舟で川を渡ります。向こう岸に到着すると、老人は、船賃として花を一本所望します。草刈り男が草花を差し出すと、老人は美人草を選びました。理由を問うと、「項羽(こうう)の寵妃・虞氏(ぐし)を弔った塚に生えたのが、この美人草だ」と答えます。そして、項羽と高祖(劉邦)が七十余度の戦いを繰り広げた結果、項羽が敗北したこと、それを悟った虞氏が身投げし、項羽も自らの首を掻き切って自害したことを語ります。そして、自分こそが項羽の亡霊だと正体を明かし、男に弔いを頼んで姿を消します。

 夜、男らが読経していると、項羽の亡霊(後シテ)が虞氏の亡霊(ツレ)とともに在りし日の姿で現れます。虞氏は音楽を奏して優美な姿を見せていましたが、執心に責められて、高楼から身投げした有り様を再現します。また項羽も虞氏との別れを悲しみ、(ほこ)をふりかざして奮戦した様子を見せ、姿を消すのでした。

見どころ

 中国・秦の末期、項羽と高祖が天下を争いました。項羽は天下統一間際(まぎわ)まで上りつめますが、高祖によって(はば)まれ、「垓下(がいか)の戦い」で敗北しました。その地が本作の舞台である烏江です。中国の史書『史記』に名高いこの逸話ですが、能は『太平記』の記述を典拠にしていると考えられています。

 ワキの草刈りの男は、花のついた草の束を持って登場します。その花が美人草(ヒナゲシ)です。虞氏の墓に美人草が咲いた伝説に由来して、虞美人草と呼ばれるようになりました。本曲の名は古くは「美人草」ともいいました。一般的な夢幻能は僧が読経しますが、本作では草刈りの男たちが項羽の亡霊を弔います。前シテが船頭なのは、「垓下の戦い」で項羽を逃すために、地元の民が船を用意したものの、項羽が断ったエピソードを下敷きにしているのかもしれません。

 前シテは、項羽が敵に取り囲まれる様子を物語りますが、これは孤立無援を意味する「四面楚歌(しめんそか)」の由来となった話です。『史記』では四方を囲む漢軍の中から楚の歌が聞こえ、項羽は味方が漢に屈服したことを知りますが、能では裏切った味方が四方から(とき)の声を上げるのを聞き、敗北を悟る内容となっています。

 能の後半には、舞台正面に高楼を表す作り物(舞台装置)が置かれます。眼目は、ツレが高楼から身投げする姿を見せた後、後シテが鉾で虞氏の亡骸(なきがら)を探す場面。シテは続けて最期の奮戦を再現し、勇壮な姿で舞台いっぱいに動き回ります。

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