攝待
あらすじ
壇ノ浦の合戦で、平家滅亡へと導いた源義経(ツレ)は、ほどなく兄・頼朝に追われ、奥州へ落ち延びます。義経と武蔵坊弁慶(ワキ)、増尾十郎兼房(ツレ)、鷲尾十郎(ツレ)ら、総勢十二人の主従は、山伏に身をやつします。道中、一行は、山伏を摂待する旨を記した「山伏摂待」の高札に目を留めます。そこは義経の家臣の佐藤継信・忠信兄弟の実家でした。
一行は館を訪れ、継信の子・鶴若(子方)に案内され、兄弟の母・老尼(シテ)と対面します。老尼は「あなた方が判官殿(義経)の一行ならば、正体を明かしてほしい」と訴えますが、追われる身の一行は、容易に正体を明かすことができません。弁慶は、我々の素性を当ててみよ、と試します。老尼は、その年齢や話し方から、増尾、鷲尾、弁慶と次々に当ててみせます。義経が鶴若に「ならば、判官は誰だと思うか」と尋ねると、迷わず義経の膝元へ駆け寄ります。鶴若が幼いながらも主君を見分けたことに一同は感服し、ついに一行の素性を明かします。
老尼は、戦場での兄弟について問います。弁慶は、屋島の合戦で義経の身代わりとなった継信の最期や、忠信が兄の敵を討った戦功について語ります。
夜が明けると、鶴若は、自分も義経一行に加わりたいと願い出ますが、明日、迎えに来るという叶わぬ約束をして、一行は出立します。
老尼は鶴若を抱き寄せ、一行を見送ります。
見どころ
「摂待」とは、巡礼者や修行者に食事や宿を無償で提供することで、「山伏摂待」の高札を掲げたのは、山伏に身をやつした義経一行が館に立ち寄ることを期待したためです。
老尼の息子である佐藤継信・忠信兄弟は、義経が奥州の藤原秀衡のもとに身を寄せていたころから仕えていた忠臣。本作の特徴は、兄弟の帰りを待つ母と遺児の側から、戦と二人の武勇を見つめる点にあります。
舞事がなく、登場人物の対話と弁慶の「語リ」を軸に物語が展開する動きの少ない舞台で、人物の心情を謡と詞によって浮かび上がらせるところに、能役者の力量が問われます。
前半の見どころは、老尼が義経一行の正体を次々に当てる場面。老尼の聡明さと、亡き息子たちの話を胸に刻んできた母の思いが窺えます。
後半の眼目は、屋島の合戦で継信の最期と、忠信が兄の敵を討った戦功が語られる場面です。義経の身代わりとなった継信の死は誇るべき忠節である一方、それを聞くのは息子を失った母親と、父を失った鶴若です。語る者、聞く者、そして語られる死者という三者の思いが舞台上で交錯するところに、劇的緊張があります。
本作は、室町時代の軍記物語『義経記』などのエピソードを下敷きにして、脚色されたと考えられています。中世に流行した幸若舞の「八島(屋島軍)」にも、本作と類似する物語が見られます。